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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)8183号 判決 2000年7月28日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

東京都千代田区<以下省略>

被告

株式会社大和証券グループ本社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

林義久

主文

一  被告は、原告に対し、五二五万二二二二円及びこれに対する平成九年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一三六八万一四三七円及びこれに対する平成九年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、その代理人である妻を通じて証券会社である被告に委託して株式取引をした際、被告担当者らの違法な勧誘行為により特定銘柄の株式を購入させられ、その結果、取引損失、手数料等の損害を被ったと主張して、民法七〇九条又は同法七一五条に基づく損害賠償を求める事案である。

二  基本的事実関係(争いのない事実関係)

1  原告は、株式会社a建築設計事務所を経営している建築士であり、妻であるB(以下「B」という。)に、預貯金や株式の扱いをすべて任せていた。

被告は、証券業を営む会社である。

2  平成八年二月二七日、Bは、原告の代理人として、被告豊中支店において原告名義の取引口座を開設した。Bは、その際、併せて、手持ち株を活かすために信用取引をしたいと相談したが、応対をした被告豊中支店の投資相談課ファイナンシャルプランナーのC(以下「C」という。)に、信用取引口座を開設するためには原告の名義で開設する必要があると言われた。その後、被告豊中支店次長D(以下「D」という。)とCが原告の自宅を訪ね、原告は、信用取引口座開設の申込書に署名押印した。その結果、被告における原告名義の信用取引口座が同年四月四日ころに開設された。

3  Bは、Cと相談の上、平成八年四月八日に、中外炉工業株、山一証券株と併せて、DDI(第二電電株式会社)株を単価八五万八〇〇〇円で三株購入し、右DDI株を同年五月三〇日単価九一万円で売却して八万九〇四八円の利益を得た。

Bは、その直後、Cに勧められて、同年六月三日から同月二〇日までの間に、別紙DDI株目録1購入明細記載のとおり、同月三日に信用で一〇株、同月五日に信用で一〇株、同月一七日に信用で五株、同月一八日に現物で一一株、同月二〇日に信用で二〇株のDDI株を購入した。

その後、Bは、同目録2売却明細記載のとおり、信用買いしたDDI株四五株を同年一〇月二一日から同年一二月一八日までの間に信用売りし、現物株のうち一株を同年一〇月二三日に、残り一〇株を平成九年七月七日に売却した。

4  平成八年一〇月二一日、Dから勧められ、Bは、別紙京成電鉄株目録1購入明細記載のとおり、京成電鉄株一万五〇〇〇株を信用買いした。

5  同月二三日、Dから勧められて、Bは、別紙三井不動産株目録1購入明細記載のとおり、三井不動産株一万一〇〇〇株を信用買いした。

6  Bは、同月二五日、被告豊中支店に赴き、Dに対し、「関西セルラーが上場するということでDDI株を買ったのに、一向に上場しないし、DDI株は逆に値下がりした。これを私の責任にされたのではたまらない。」と告げた。

Bは、同年一二月六日、証券業協会の苦情処理窓口で相談した。

同月一〇日、被告支店長EとDがBを訪ねてきたが、「Cは悪意でやったことではない。あなたを儲けさせようと思ってやったことで、損失補填はできません。」と述べるだけであった。

Bは、被告との取引をやめることを決意し、別紙京成電鉄株目録2売却明細及び別紙三井不動産株目録2売却明細に各記載のとおり、預けていた株を徐々に処理し、ないし引き上げ、平成九年四月三日をもってすべての株式を引き上げ、預かり証券すべての返還を受けた。

三  争点

1  DDI株取引の勧誘行為の違法性

(原告の主張)

(一) 大量推奨販売の違法(証券取引法五〇条一項五号違反)

被告は、平成八年六月第一週に大量かつ集中的にDDI株の購入取引を行っていた。この週のDDI株の国内総取引高のうち、被告の取引高は、「買い」が四五・九パーセント、「売り」が二八・〇パーセントであり、他の証券会社に比して突出しており、また、被告以外の証券会社が皆「売り越し」である中で大幅な「買い越し」となっている。被告が、このころ、全国的に支店を挙げてDDI株を集中的に、かつ大量に買い進めていたことが明らかである。

しかも、DDI株は、相対的に割高感のある株価水準であり、将来、連結決算ベースで業績不振から相対的な株価水準の引下げが予測される銘柄であったのであり、このようなDDI株について、他の証券会社が「売り」の方向であったのに反して、一般の顧客に積極的に「買い」推奨を行っていた被告の投資勧誘行為は、違法な「客向かい行為」(証券会社が、株式の売買の仲介行為をするのではなく、自己の有する株式を顧客に売り付けたりする行為)をしたものと考えざるを得ない。

(二) 断定的判断提供の違法(証券取引法五〇条一項一号違反)

被告担当者Cは、大量のDDI株を原告に購入させようという意図の下に、当初は、実際には確実な情報などなかったにもかかわらず、Bに対し、「DDIの子会社の関西セルラーが株式を新規上場するのでDDI株は値上り確実との情報がある。」などと述べ、さらに、「関西セルラーの上場が近くあります。株価の値上りは間違いありません。絶対確実な話です。」などと言って買増しさせていき、その旨誤信したBをして、原告のために、別紙DDI株目録記載のとおり、平成八年六月三日から同月二〇日までのわずか一八日間という短期間に、信用取引四五株、現物取引一一株の合計五六株を購入させたものであり、これらの行為は全体として、不当勧誘、断定的判断の提供としての違法性を帯び、社会的相当性を著しく逸脱したものであり、原告に対する不法行為を構成する。そして、Cは、被告の従業員であり、前記勧誘行為をその事業の執行につき行ったものであるから、被告には少なくとも民法七一五条の使用者責任による損害賠償義務がある。

(被告の主張)

(一) 証券取引法五〇条一項五号で禁止している大量推奨販売は、「特定かつ少数の銘柄の有価証券について、不特定かつ多数の顧客に対して、買付け若しくは売付け、又はその委託を一定期間継続して一斉にかつ過度に勧誘する行為で、公正な価格形成を損なうおそれのあるもの」であるところ、被告の役職員又は使用人のうちに過度の勧誘を行った者はおらず、Cを含め、DDI株を一定期間継続して一斉かつ過度に勧誘したことはない。

株価が値上りしてくれば、出来高は増えるが、同時に、信用残についても、売残・買残共に増えるという傾向にある。また、「買い手口」が多ければ「売り手口」も増えるというのが当然で、利益が出れば売却もするし、逆に、大きく下がれば損切りの売りも出るというのが自然の相場の流れである。相場の動向について証券会社がそれぞれ独自の判断をすることは何ら異常なことではなく、被告が「客向かいの行為」に出たとする原告の推測は誤っている。

(二) Cが、B又は原告に対し、原告主張のような断定的判断を提供してDDI株の購入を勧誘したことはない。Cは、DDI株についての株式会社大和総研の平成八年五月一七日付けのアナリスト速報や大和証券投資情報部発行の「Daiwa Investment Weekly」同年六月三日号などの資料を参考にして、DDIの業績の見通しをBに説明したにすぎず、Bは、このような話を聞いた上で自らの判断でDDI株の購入を決めたのである。

2  京成電鉄株及び三井不動産株取引の勧誘行為の違法性

(原告の主張)

Bが京成電鉄株及び三井不動産株を購入するに至ったのは、Dから、「オリエンタルランドの上場が大いに期待できるところ、その大株主である両者の株式を買ってください。それでDDIの損失の穴埋めができます。」などと勧誘され、先行するDDI株を断定的判断の提供という違法勧誘を受けて購入した結果、当初の説明に反して予期せぬ多額の損失が生じたことを告げられて動転していた上、その損を取り戻すためには、自分ではどうすることもできず、プロであるDの言うとおりにするしかないと思い、やむなくDの勧めに応じて右両株式を購入したものであり、このような状況、勧誘文言で大量の株式を購入させたDの勧誘行為は、それ自体で不法行為を構成するし、DDI株の勧誘と一連・一体のものと評価でき、全体として違法性を帯びるものということができる。

Dの勧誘行為は、被告の事業の執行につき行われたものであるから、被告は使用者責任を負う。

(被告の主張)

Cは、平成八年一〇月中旬、原告の買建てしたDDI株の下落状況についての打開策を上司と種々相談したが、株価が更に下落するおそれがあるとの結論となったため、期日まで待つよりも、挽回策として値上りの見込める京成電鉄株と三井不動産株に乗り換えることを原告に提案することとし、同月二一日にD次長から原告に提案を行った。その結果、同日、DDI株二〇株を売埋し、京成電鉄株一万五〇〇〇株を買建することになり、また、同月二三日には、オリエンタルランドの他の大株主である三井不動産の株も、京成電鉄株と同様、オリエンタルランドが上場するようになれば、人気化する可能性があると考えられたので、DDI株を三井不動産株に乗り換えることをBに提案し、DDI株一七株を売埋し、三井不動産株一万一〇〇〇株の買建を行ったものである。

3  損害賠償額

(原告の主張)

(一) 原告は、被告担当者らによる違法行為の結果、次のような損害を被った。

DDI株 五七三万八九六五円(別紙DDI株目録3損害金算定)

京成電鉄株 六三七万一一八三円(別紙京成電鉄株目録3損害金算定)

三井不動産株 一五七万一二八九円(別紙三井不動産株目録3損害金算定)

合計 一三六八万一四三七円

(二) なお、本件における被告担当者らの不法行為は、会社ぐるみで全国的に大量推奨販売を行った必然的結果として、断定的判断の提供を伴った無理な勧誘が行われたものであり、原告らに不当な投資をさせた被告担当者と騙された被害者である原告らとの関係で、被告の賠償額を減じる方向に働く過失相殺を行うのは不当である。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記基本的事実関係並びに証拠(甲一、五ないし九の各1、2、一一、乙一、二、三の1、2、四、証人F、同C、同D)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) Bは、被告との取引以前に平成三年ころから神栄石野証券(川西支店)で株式取引をしていたが、その際も信用取引を行っており、また、アオイ経済研究所と年間八〇万円の顧問料で投資顧問契約を締結し、その指示に基づいて取引を行っていた。Bは、平成八年一月ころ、従前の株式取引で含み損を抱えるに至っていたこともあり、証券会社を変えたいと考え、大手証券会社に問合せをする中で、被告に電話したところ、信用取引の保証金の条件が他の大手証券会社よりも有利な条件であったことから、被告と取引を行うこととした。

(二) Bは、神栄石野証券に保護預りにしていた株式を請け戻し、平成八年二月二七日被告豊中支店で総合取引口座を原告名義で開設し、これらの証券を被告に保護預けした。この当時の保護預けした株式の総額は、約三〇〇〇万円であり、Bは、この口座開設の際に被告から記載を求められた総合取引口座申込書の「金融資産」欄及び「運用予定額」欄について「一〇〇〇万ないし三〇〇〇万円」にチェックをした。

(三) Bは、その際に応対をした被告豊中支店の投資相談課ファイナンシャルプランナーのCに対し、「手持ち株は、購入価額より値下がりしており、かなりの含み損が出ていて売るに売れない状況にある。これ以上株式に現金をつぎ込みたくないので、今ある株式をできるだけ損を少なくして、できるだけ早期に処分したいと考えている。これらの手持ち株を活かすため、それらを担保に信用取引をし、値上がったところで売って損を取り戻していきたい。ただし、損が出ても簡単に現引できる程度の信用取引をしたい。」と相談した。

Cは、Bの手持ち株リストを見て、「秋ころには、日経平均二万四〇〇〇円くらい期待できますので、買値に徐々に戻ってくると思います。」とBの意見に同意し、「株式としては、いろいろな業種の株式を持っている方が安全ですが、手持ち株には消費関連株がありませんね。そごうとかダイエーとかを買ったらどうですか。ただし、仕手株には手を出さないように。」などと意見を述べ、原告は、Cを信用して、その意見に従うこととした。

被告では信用取引は女性ではできないことになっており、信用取引をするためには原告の名義で信用取引口座を開設する必要があるところ、資金の性格や原告の意思を確認するために原告に会いたいということで、信用取引をするための信用取引口座を開設する前に、DとCが原告宅を訪問した。原告が信用取引口座開設申込書に署名押印した後、Dは、別れ際に、原告に対し、信用取引は決済期限があるし、将来の値動きは予測がつかないものであるという注意をした。

(四) 同年四月八日、Cは、Bに対し、注目を浴びてきている移動体通信の分野で中心となる銘柄として、DDI株を勧め、Bは、原告名義でDDI株三株(一株八五万八〇〇〇円)を信用買いした(なお、同日、Bは、Cと相談して、他に中外炉工業株及び山一証券株を信用買いしている。)。Bは、Cの指示により、このDDI株三株を同年五月三〇日に一株九一万円で売却し、八万九〇四八円の利益を得た。

その直後の同年六月三日、Cは、Bに対し、同じDDI株を是非買うように勧めた。株式会社大和総研の同年五月一七日付けのアナリスト速報では、平成九年三月期の連結業績の悪化は予想の範囲内のものであり、平成一〇年三月期から業績はV字回復へ向かうという予測を記載しており、被告社内の情報誌である大和証券投資情報部Weekly(Daiwa Investment Weekly)六月三日号は、DDI株を参考銘柄の一つととして掲げ、移動体通信の国内での成長はDDIの独走体制になるであろうという趣旨の記事を載せており、そのころ、他の証券会社はむしろDDI株を売り越していたのに対し、被告は、同月初旬、DDI株の「買い」を顧客に推奨販売していた(DDI株はこの時期に大商いをしているが、同月第一週の東京証券取引所での「買い」総数のうち四五・九パーセントが被告の取引高であり、同じく「売り」総数のうち被告の取引高は二八パーセントであって、突出した買い越しとなっている。)。同時期、被告豊中支店でも、顧客にDDI株の購入を勧めていた。こうした状況の中で、Cは、前同日、Bに対し、「DDI株は、子会社である関西セルラーの上場で値上がり確実との情報があるので、是非買っておいてください。一〇株くらい行っときましょうか。」と勧め、Bは、二日間で新しい情報が入ったものと思い、原告のためDDI一〇株を購入した。その後も、Cは、Bに対し、「DDIも、現在市場拡大のため端末機を無料で配るなどの先行投資をしているので、先々は収益が拡大する。」などと言うだけでなく、「被告はDDIの主幹事であるから特別の情報が入ります。DDIの六〇パーセント子会社である関西セルラーの上場が近くあります。株価の値上がりは間違いありません。」、「自分でこの情報を確かめに行って来ましたが、やはり確かなものでした。」、「僕がこんなに勧めるということは、絶対確実な話なんです。」などと話をして、DDI株の購入を勧めた。このため、Bは、原告名義で、同月五日に信用で一〇株、同月一七日に信用で五株のDDI株を購入した。

さらに、同月一八日、Bは、「DDIは、それほどいいのか。」などとCに問い、Cも、前記のような説明をし、値上がりは確実なものとしてしてこれを肯定したため、「現物で所有していた株を売ってDDI株に乗え換えようか。」と相談し、Cの「そうしたほうがいい」いう回答もあって、同日一一株を現物で購入し、あと二〇株を信用取引で購入しようとしたが、株式売却代金を保証金に充てる必要があったため、同月二〇日に至って二〇株の信用買いを実行した。

Bは、原告手持ちの一〇銘柄の株式を売却した上、株式投資に回すつもりのなかった金銭信託「ワイド」の資金もつぎ込んで、右一連のDDI株の購入に充てた。

(五) ところが、同年七月に入ってもDDI株が値上がりしないため、Bは、Cに関西セルラーの上場について確認の電話を入れたところ、Cは、七月から市場の雰囲気がよくないので、関西セルラーの上場を見合わせているようだと答え、今しばらく待つようにと回答した。

しかし、その後、Cから連絡は少なくなり、Bは、同年一〇月に、Cの勧めで同月四月に信用買いで買っていた東芝等の株式が決済期限を迎えたため、預金・投資信託等約七七〇万円を解約し、現引きをする形で決済した。

(六) 右DDI株の件について、Bから「DDI株が一向に上がらない。」、「必ず上場する、必ず値上がると言ったではないか。」といったクレームを何度も受けたCは、同年一〇月中旬、上司のDに相談したところ、「六月に大商いをしたDDI株は、一二月が決済期限であるから、一二月になったら、かなりの投げ売りが予測される。できるだけ早期に手を打った方がいい。」ということで、挽回策として、DDI株から京成電鉄株、三井不動産株への乗換えをDから提案してもらうこととした。

同年一〇月二一日、DからBに電話連絡があり、「DDIは、一二月に信用売りが殺到するから今のうちに切ってください。大分損が出ますが、その代わりオリエンタルランドの上場で値上がりが期待できる京成電鉄を買ってください。オリエンタルランドは、東京ディズニーランドの運営会社で、京成電鉄はその大株主です。一万五〇〇〇株買っておけば、一〇〇円上がっても一五〇万円の利益が出ます。DDI株の損の半分くらいは取り返せると思います。」などと言われ、Dの提案に従って、DDI株二〇株を信用売りするとともに、手持ちのイリソ電子株を売って保証金を作り、京成電鉄株一万五〇〇〇株を信用買いした。

Dは、同年一〇月二三日、Bに電話をし、「オリエンタルランドのもう一つの大株主である三井不動産も買っておいてください。オリエンタルランドの上場は大いに期待できる。既に買っている四〇〇〇株に加えて、一万一〇〇〇株を買ってください。京成と三井でDDIの損失の穴埋めができる見通しがあります。そのために、今日は、DDI株一七株を売ってください。あと、信用取引で買った八株は現引きできるかもしれないので、持っておいてください。」などと言い、そのとおりにするしかないと思ったBは、同日、Dの提案どおり、DDI株一七株を信用売りし、DDI現物株一株を売却して不足金に充て、三井不動産株一万一〇〇〇株を信用買いした。

(七) Bは、同月二五日、被告豊中支店に赴き、Dに会い、「関西セルラー株の上場が絶対あるということでDDI株を買ったのに、上場もなく、DDI株は逆に値下がりした。Cの勧めたやり方はどう考えてもおかしい。被告に会社として責任を取ってほしい。」などと言ったが、Dは、「Cは、善意で勧めたことで補填はできない。一生懸命頑張って挽回するから、それを待っていてください。上場というのは変更になることもある。それを考えないで買ったあなたの方に責任がある。」などと応対した。Bは、「そういう危険性があるなら、一言でも言ってくれていたら、あのように大量に買わなかったし、Cは自分で確かめてきた、間違いのない確実なことでと言った。そんないい加減な情報だったのか。」と文句を言った。

同年一一月一五日、Bは、Cに電話をして、絶対七月には上場があると言ってDDI株を買え買えと勧めたではないかと、その責任を問うような話をしたところ、同月二八日、Cは、DDIのお詫びといってBのところへ菓子折を持ってきた。

同年一二月六日、Bは、証券業協会の苦情窓口に電話をして相談したところ、被告との取引をやめること等を勧められた。その後、同月一〇日、被告豊中支店長とDが原告宅を訪ねてきたが、原告からの「DDI株の信用買いをした時の勧誘が強引だったので、会社として何らかの責任を取ってほしい。」とする要求に対し、「Cは悪意でやったことではない。あなたを儲けさせようと思ってやったことで、損失補填はできない。」などと言い、埒が開かなかった。そこで、Bは、原告代理人として、被告との取引を止めることとし、預託証券類を徐々に処理して行き、前記基本的事実関係記載のとおり、平成九年四月三日をもって、すべての株式を引き上げ、被告から預り証権全部の返還を受けた。

2  右認定事実によれば、Cは、平成八年六月に入ってからのDDI株の買いを勧誘するに際して、子会社である関西セルラーの上場も確実であり、確実に値上がりするという断定的判断を提供をして勧誘したものというべきである。

被告は、前記資料を参考にしてDDI株情報を客観的に説明したにすぎないと主張し、Cもそれに沿う証言をするが、反対趣旨のBの証言、甲五ないし九の各1、2に照らして、直ちに信用することができない。また、平成八年六月当時、DDIについては、翌平成九年三月期の連結決算での赤字が見込まれており、他の証券会社では「売り」の方向であった中で、被告は、前記認定のとおり、積極的に買いを推奨していたものと認められるところであって、CがBに対してDDIのこうした不安要素や関西セルラー上場の話の流動的要素等について具体的に言及したこともうかがわれず、Cの勧誘文言は相当断定的で積極的であったものと推認されるところである。

神栄石野証券での取引によって生じた含み損を解消するための手堅い取引を志向していたBが、DDI株の取引に関してのみ急に大きな取引をしたのは、株価が値上がりしていたこともあったとしても、Cが同株の値上がりの確実性や関西セルラーの上場の確実性について相当断定的な説明をして勧誘をしたためとしか考えられない。

3  そうすると、Cは、Bにおいて当該取引に伴う危険性を的確に認識するのを妨げるような虚偽情報又は断定的な情報を提供したものというべきであり、その行為は、証券会社の従業員としての義務に違反して断定的判断を提供して取引を勧誘したものであって、違法勧誘行為に当たるものといわざるを得ない。

原告主張のように被告が証券取引法五〇条一項五号にいう大量推奨販売を行っていたとか、右のような違法勧誘行為を会社ぐるみで行っていたとまで認めるに足りる証拠はないが、Cが右違法勧誘行為を被告の業務執行に関して行ったことは明らかであるから、被告は、民法七一五条により使用者責任を負うものというべきである。

二  争点2について

1  前記認定事実によれば、Bは、Dから、DDI株については損失が生ずると言われ、その損失を解消するために、オリエンタルランドの上場により値上がりが期待できる京成電鉄及び三井不動産の株を購入するのが得策であると説明されてこれに応じたものであるが、Bは、そもそも違法な勧誘を受けたために購入するに至ったDDI株の取引から大きな損失が生ずることを知らされるとともに、被告豊中支店のCの上司であるDが、不安要因や更に損失が拡大する危険性に特に触れることなく、熟考を求めることもなく、京成電鉄株等は右のように値上がりが期待でき、これらを購入すれば損失回復が可能であるとして積極的に勧めたために、これらの株の購入を了承したものである。このような状況を前提とすれば、たとえDの勧誘文言が断定的なものとまではいえないとしても、Bにおいてその危険性についての認識を顕在化させないまま、これらの株式を購入すれば損失を回復することができると信じ、損失回復のためには、これらの株を購入するより他に手段がないものと判断したとしても、やむを得ないところがある。

2  そうすると、先行するDDI株の違法勧誘行為に起因して生じた右状態の中で、右のような態様で、京成電鉄株及び三井不動産株の購入を勧誘した行為は、先行行為と一体的・全体的にみてなお違法の瑕疵を帯びることを否定することはできず、京成電鉄株及び三井不動産株の取引によって生じた損失も先行違法勧誘行為からの一連の行為に起因して生じた(拡大した)損害というべきである。したがって、被告は、これについても民法七一五条による責任を免れないものというべきである。

三  争点3について

1  DDI株等の取引状況についてはほぼ争いがなく、証拠(乙五の3ないし6)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件各株式取引による損害額が原告主張の額であることが認められる。

2  過失相殺

証券会社及びその使用人が、投資家に対して取引に伴う危険性を的確に認識するのを妨げるような虚偽の情報又は断定的な情報を提供してはならないことはもちろんであるが、他方、証券取引は本来的にリスクを伴うものであるから、証券取引を行おうとする者は、証券会社等から開示された情報等を参考としながらも、その不確実性をもわきまえ、自らの責任において、当該取引による利益及び危険性の有無・程度について判断し、自らの資産状況等にも照らした上で、その取引を行うかどうかを決するべきである(自己責任の原則)ことはいうまでもない。

前記認定によれば、Bは、被告との取引を開始する前に既に他の証券会社において信用取引を含む株式取引を行っており、一時期は年間八〇万円もの顧問料を支払って投資顧問契約を締結してもいたのであって、信用取引を含む株式取引につき相当の知識と経験を有していたこと、投資取引に積極的であり、投資判断のための積極的な情報収集も行っていることが認められる。また、平成八年一〇月の時点では、DDI株についての経験からも、子会社株等の上場の話を前提とした値上がりの見通しに確実性がないことも認識するに至っていたものと認められる(事後の事情ではあるが、甲五ないし九の1、2によっても、Bが、オリエンタルランド株の上場を前提とした京成電鉄株等の値上がりの話について、上場の不確実性、値上がりが見込めない危険性等に対する認識を有していることがうかがわれる。)。

そうすると、原告代理人であるBの前記経験等によれば、平成八年六月におけるDDI株の信用買い取引については、五割の過失相殺を認めるべきであり、また、DDI株による損失を回復するためとはいえ、京成電鉄及び三井不動産の株を購入した際には、上場を前提とする値上がりの不確実性等も認識し得たはずである一方、Dの勧誘も完全に断定的なものであったとまではいえないのであるから、七割の過失相殺を認めるべきである。

3  以上によれば、被告が賠償すべき損害の額は、DDI株の取引による損害額の五割である二八六万九四八二円、京成電鉄株の取引による損害額の三割である一九一万一三五四円、三井不動産株の取引による損害額の三割である四七万一三八六円の合計五二五万二二二二円と認めるのが相当である。

第四結論

よって、原告の被告に対する本件請求は主文記載の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川神裕)

<以下省略>

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